特別編集記事

働く意義をスタッフに伝える、店長の姿勢と技術

クライアント先の飲食チェーンにおける店長研修の際、店長のみなさんから多く出されるのは、スタッフのモチベーションの高め方やコミュニケーション方法、人手不足などについての話題や質問だ。
 中でも人手不足の問題は深刻化しつつある。景気回復の兆しは、労働環境の厳しさが喧伝される飲食企業の求人状況にとってはマイナスの方向に働いており、慢性的に人手不足という傾向が顕著だ。本格的な人手不足時代はさらに続くともいわれている。
 本特集では、私が連載を手がけている実力店長シリーズの店長たちが、スタッフのやる気をいかにして伸ばし、働くことの意義を見出すサポートをしているのか、その姿勢や技術について考察する。

■スタッフの成長例

まず、実力店長の元で大きく成長したスタッフの例を紹介しよう。

1 アルバイトリーダーからの手紙

 びっくりドンキーの中嶋店長が他店へ異動する時、アルバイトリーダー(時間帯責任者)の女性スタッフからもらった手紙には、こんなことが書かれている。「4年前、中嶋店長の着任当初、正直、この店にあまり思い入れのない私はやりがいを感じていませんでした。それから日々を重ねる中で、一心不乱に小さなことに努力する店長を見つけました。どんなささいな出来事にも真正面から向き合い、受けとめ、考え、誠意を見せてくれる店長の姿勢が、この4年を繋いだのだと、深く感謝しています。そして沢山のお心遣いや温かいお言葉、手紙、本当にありがとうございました。…(中略)…店長からいただいた時間帯責任者という肩書きをかみしめ、皆さんにとって良き存在となるために、私なりに頑張ってみます」小さなことに努力を惜しまない店長の姿や、店長からの温かい言葉に刺激を受けてスタッフが日々成長し、責任あるポジションへの前向きな姿勢が養われている様子が、文面を通してしっかりと伝わってくる。

2 大切な人への感謝の手紙

鳥貴族の村田マネジャーは店長時代、スタッフみんなが「大切な人に感謝の気持ちを伝えられる人間」になってくれることを望んでいた。そういう人はお客様に対しても感謝の心で接することができるからだ。だからオープン前の研修ではいつも「一番大切にしている人への感謝の手紙」を書かせていた。あるとき一人の男子学生が手紙を書きながらはらはらと涙を流しているのに気づいた。彼は地方から東京に出てきて一人暮らしをしており、手紙を綴るうち、これまで両親の支えがいかに大きかったかを痛感したのだ。書き終わっても泣きやまない彼を、店長は思わず抱きしめたという。感謝の手紙は連鎖する。全スタッフの親からも「鳥貴族の教育に感謝しています」というお礼の手紙が続々届いた。その連鎖はスタッフとその家族に留まらない。村田店長自身が店長としての自信を失いかけた時期があり、数日間の休暇を取って実家に帰ったときの話。帰省した彼女を待っていたのは、「手紙がいっぱい届いているよ」という母の言葉だった。なんと、アルバイトスタッフ25人全員から、手紙が来ていたのである。店長の様子がいつもと違うのをスタッフたちは察していた。自分たちに感謝の気持ちを伝えることの大切さを教えてくれた店長に、今こそ自分たちが感謝の言葉を送ろうと、全員が手紙を書いてきたのだった。しかも店長のみならず、ご両親に宛てた「こんなすばらしい店長を生んでくれてありがとう」という手紙まで添えて。こんなふうに、スタッフ全員が人の心を汲み取れる人間に成長し、積極的に行動できるのは、毎日“人”と接しながら多くを学ぶ「飲食店」という現場で働いているからこそだ。店長がそれを常にスタッフに意識させるよう指導するとともに、自ら手本となる行動をしていれば、スタッフは必ず成長を遂げる。

■飲食店で働く意義

飲食店で働くことによってどんなことを学ぶことができ、どのように成長できるのだろうか。以下、具体的にまとめてみた。

1.人間力に磨きがかかる

ひたむきに働くこと、明るく元気に接客すること、大切な人に心から「ありがとう」と言えること…一見簡単そうだが、どのような状況であってもこれらを確実に続けていくのは決して簡単ではない。日々コツコツと小さなことを心をこめて積み重ねていくことで、人は一歩ずつ着実に成長する。ある実力店長はこう語った。「店長としての私のポリシーは、店舗という舞台を使って、自分の目標とスタッフの成長=幸せを、同時に達成することです」日本の若者を鍛え、人間力を磨かせるのは、飲食店店長のミッションとも言えるだろう。

2.社会生活の基本が身につく

飲食店で働くからには、挨拶やおじぎ、態度や表情、歩き方や姿勢、声の出し方といった基本的な動作・礼儀作法を学ばなければならない。こういった社会生活における基本を身につければ、就職活動でも就職してからでも必ず役立つ。

3.お客様の幸せに貢献できる

食べる喜び、飲む楽しみ、家族・友人・恋人との素敵な時間。これらのすばらしいひとときを演出し、お客様の幸せに貢献すること、それが飲食店の使命である。ある女性店長は「お客様に笑顔で接すると、お客様から笑顔が返ってくる。そしてまた私も笑顔になる。そんな“天使のサイクル”を学びました」と語った。笑顔が人に与える力はとてつもなく大きい。そう、飲食店の仕事は人に幸せをもたらす天使の仕事なのだ。

4.お客様から幸せをもらう

天使のサイクルは、もちろんスタッフにも幸せを運ぶ。飲食業ではお客様からダイレクトに評価をいただくことが多い。「おいしかったよ、ありがとう」から「この店に来ると元気をもらえるんだ」まで、お客様のちょっとした一言にどれだけ励まされることか。あまりやる気が持てず何となく働いていたある居酒屋の女性スタッフは、ある時お客様から「君のすすめてくれた料理、本当においしかったよ!」と言われた。その瞬間、彼女の心にスイッチが入った。それを機にお客様の喜びが自分の喜びとなり、笑顔のすばらしい活気に満ちたスタッフに変身したのだ。人に感謝される喜びを毎日体感できる飲食業は、このうえなく幸せな仕事である。

5.ホスピタリティマインドと料理技術が身につく

飲食店スタッフはいつもお客様への気配り・心配りをしている。おもてなしの心を醸成できる仕事だ。ホスピタリティは本来どのような職業においても必要とされることなのだが、そのことを毎日身をもって学べるという点において、飲食サービス業は屈指の業種といえるだろう。またキッチンで働くスタッフは、料理の技術が確実に身につく。将来カフェやレストラン経営を目指すなら、勉強できることがいっぱいの職場だ。就職してさらに学び、幹部スタッフや役員を目指すこともできる。もちろん独立して成功した例も多い。

6.コミュニケーション・スキルが上がる

実力店長シリーズの取材で実感するのは、チームワークや店長とスタッフとのコミュニケーションが充実している店は売上が伸びている、ということ。人との付き合いが苦手な若い人も増えているが、コミュニケーション・スキルを磨くなら飲食店の仕事ほどふさわしいものはないだろう。お客様とのふれあいが求められるのははもちろんのこと、チームで店を盛り上げていくため協調性も養われる。社内コンテストなどを通じてスタッフのモチベーションがアップし、店へのロイヤリティが高まるケースも多い。店長はスタッフのコミュニケーション力を上げるため、各種キャンペーンなどを店舗内で実施するとか、面談・ミーティング・懇親会を設けるなど、きめ細かくサポートしていく必要がある。

■店長の姿勢と伝える技術

すでに述べてきたように、スタッフに働く意義を感じてもらうには、店長がそれを的確に伝えることと、店長自ら意義を感じながら真摯に働く姿を見せることが重要だ。

1.こまめに声掛けする

ワンスマイル・ワンメッセージ、つまり店長からスタッフへの「笑顔で一言」はとても大事。出勤時には「テストはどうだった?」「試合には勝った?」などと、一人ひとりに声を掛けよう。退店時にも「おつかれさま、今日はどうだった?」「今日も1日ありがとう」と、個別に感謝の言葉を言おう。握手やハイタッチをまじえてもいい。新人には「がんばってるね」「分からないことや困っていることはない?」と話しかけよう。勤務中でも折りにふれ、声掛けしたい。時間を多くかけなくてもいい。こまめに何度も声を掛けることで「店長は私のことを気にかけていてくれる」とスタッフは感じるのだ。こうして信頼関係が強まっていく。離職の大きな要因の一つとして「上司とのコミュニケーション不足」が挙げられる。コミュニケーションの基本である声掛けを怠らないようにしたいものだ。

2.1日1人面談で、向き合う

人に強い実力店長は、たいてい「1人1日面談」を実施している。1日1回はスタッフの誰かと10分程度のショートミーティングを行うのだ。問題がある場合は30分~1時間かけることもある。そのような実力店長は、主力メンバーとのミーティング回数も多い。店長の想いに共感してもらうとともに、メンバーのやる気を促して自主的に考え実行する力を伸ばしてもらうのが目的だ。これらを毎日行うことで、店長の仕事は驚くほどスムーズになる。その時点ではすでにスタッフ一人ひとりが自立し、それぞれの働く意義を見出しているはずだ。

3.情報共有で、ほめる

最近、携帯のLINEを活用して日報を送り、全員で情報を共有化するケースが多い。ある店長は「今日は目標を達成した。キッチンリーダーの指示がすばらしかったからだ」「新人のAさんの動きが早くなった」というように、毎日意識的に誰かをほめるようにしている。これを全員が読む。だからほめられた人はますますやる気が出る。誰かの誕生日に店長が「おめでとう」と流せば、25人のスタッフから一斉にお祝いのメッセージが本人のもとへ。このように、単なる連絡網としてではなく、心のメッセージを伝えるツールとしても活用したいものだ。

4.感謝の気持ちをサンキューカードで

私の店長養成講座を受講された飲食チェーン企業の多くは、「サンキューカード」を導入している。スタッフ同士で感謝の気持ちを伝え合うシステムだ。たとえば「今日のフォローありがとうございました。助かりました」「Bさんのとびっきりの笑顔、素敵です。私も見習います。笑顔は伝染します!」という具合に、良いところを書いてその人に渡す。たくさんもらった人に、自社オリジナルのピンバッジを授与している企業もある。このカードを導入したことで、店の雰囲気やチームワークが向上しただけでなく、売上アップにつながったという成果も耳にしている。人に認められ、ほめられることでスタッフは自信を持ち、働く意義をますます実感し、一層イキイキと働けるようになる。感謝のメッセージは、スタッフの心に響く最も効果的な伝え方の一つである。

5.スタッフは内部顧客

ある和食チェーンの実力店長がこう言っていた。「店長は太陽であるべきです。明るい笑顔で皆を元気にする、常にエネルギーを分け与えられる、そんな人間になりたい」…この店長はスタッフに対し、いつも「夢や目標を持とう」と呼びかけている。スタッフが輝き、成長することが最高の喜びだという。スタッフが花を咲かせるには、太陽と水と土が必要だ。明るい笑顔いっぱいの店長が愛情を注ぎ(太陽)、毎日声をかけてコミュニケーションし(水)、最高のチームワークで店の雰囲気を高めていく(土)。これを根気よく行うことで、美しい花が咲くのだ。「部下を幸せにする20ヶ条」も参考にしていただきたい。ある居酒屋の実力店長を取材した際、その店長のスタッフに対する言葉遣いの丁寧さに驚いたことがある。一人ひとりに敬語で話しかけていたのだ。理由を尋ねると、「スタッフもお客様だと思っていますから」との答えだった。ザ・リッツ・カールトン・ホテルでは、従業員をインターナル・カスタマー(内部顧客)と読んでいる。通常の顧客と同様に、スタッフに対してもホスピタリティ精神をもって接するという考え方だ。スタッフに仕事の意義を感じてもらうためには、大切な仕事に従事している人が受けるにふさわしい敬意のこもった態度で、店長自らがスタッフに接すべきだろう。

 「君の笑顔がお客様を幸せにするんだよ」と、あなたはちゃんと部下に伝えているだろうか。部下がイキイキと輝き、人間的に成長し、働く意義を実感してさらに前進していけるように、的確なアドバイスやサポートができる店長になっていただきたい。
※飲食店経営 2014 2014年1月号特集コラム

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